岡山地方裁判所 昭和33年(ヨ)204号 決定 1958年11月29日
申請人 井上一郎 外七名
被申請人 株式会社三和相互銀行
主文
本件仮処分申請を却下する。
申請費用は申請人等の負担とする。
理由
申請代理人は、被申請会社は申請人井上一郎に対し金三万八百円を、同中村和男に対し金二万五千三百円を、同国定市男に対し金三万千五百円を、同槇本栄治に対し金三万八千円を、同寺岡憲一に対し金二万七千四百円を、同河西九一郎に対し金二万二千円を、同林栄に対し金二万千八百円を、同綱島吉男に対し金二万百円を夫々仮に支払えとの裁判を求め、その理由とするところは
第一 被申請会社は相互銀行法に基く相互銀行であり、申請人等はいずれもその職員であつて、申請人井上一郎は主事片上支店長、同中村和男は主事浦和気支店長、同国定市男は主事岡山東支店長、同槇本栄治は主事玉野支店長、同寺岡憲一は主事福山支店長、同河西九一郎は主事補本店営業部契約課長、同林栄は主事補津山支店長、同綱島吉男は主事補本店検査部検査役である。
第二 被申請会社は昭和三十二年十二月二十六日申請人等に対し経営合理化という名のもとに解雇の意思表示をしたので、申請人等は被申請会社を相手どり次の事由を主張して岡山地方裁判所に右解雇の効力停止の仮処分命令を申請した。
被申請会社は昭和三十二年四月以降申請外新興電機株式会社に対する不当融資に端を発して旧重役が退社し、他の銀行から現代表取締役たる申請外立林文二等の新重役が入社したが、右の新重役は会社再建の熱意を欠きこれに必要な措置を執らないので申請人等は新重役の右の態度に不満を覚え株主としての地位において被申請会社の自主再建を図るため、昭和三十二年十二月頃少数株主権を行使して臨時株主総会を招集したところ、被申請会社の新重役は申請人等の正当なる株主権の行使を不満に思い申請人等において職員としての職責に欠けるところがなく、職務上の成績もまた抜群であるのにかゝわらず、その故に申請人等を経営合理化という名のもとに解雇したものであつて右解雇は解雇権の濫用として無効である。
そして申請人等は昭和三十三年三月十二日同裁判所から右申請を理由あるものと認めて前記解雇の効力を停止する旨の仮処分決定を受け、被申請会社の職員たる地位を仮に認められたので、被申請会社に就労の申入をしたが、これに対し被申請会社は「申請人等を本店総務部勤務を命ず役席手当は支給せず」との辞令を交付し賃銀は支給する故出勤に及ばないと通告してその就労を拒否し爾来毎月給料のみを支給してきた。
第三 被申請会社は昭和三十三年七月十日その職員全部に対し夏期手当として給料一ケ月分相当の金員を支給している。そして右夏季手当は「労働の対価として使用者が労働者に支払う金銭その他のもの」たる賃銀の一種であつて被申請会社はその恣意により申請人等の就労要求を拒絶しているのであるから被申請会社は申請人等に対する夏期手当の支給を拒み得ない。よつて被申請会社は夏期手当として一ケ月の給料(但し役席手当等一切の手当を除く)相当額の金員、すなわち申請人井上に対しては金三万八百円を、同中村に対しては金二万五千三百円を、同国定に対しては金三万千五百円を、同槇本に対しては金三万八千円を、同寺岡に対しては金二万七千四百円を、同河西に対しては金二万二千円を、同林に対しては金二万千八百円を、同綱島に対しては金二万百円を夫々支払う義務がある。
第四 そして申請人等は被申請会社を相手どり岡山地方裁判所に解雇無効確認の本案訴訟を提起し、現に係争中であるが、いずれも子弟の教育結婚その他に多額の出費を要し、また被申請会社の賃金は他の銀行に比して著しく低額であるため、申請人等は辛うじて生計を維持し、特に申請人国定、同槇本、同寺岡、同河西は夫々被申請会社から停年退職の通告を受け現在その給料の支払を停止されているので生活は貧困を極め今直ちに夏期手当の仮払を受ける必要性のあること、まことに切実なるものがあり、本案訴訟の確定を持つていては回復することのできない損害を蒙るから本件申請に及んだ次第である。
と言うのである。
よつて審按するのに、疎明によれば申請人等は被申請会社の従業員であつたところ、昭和三十二年十二月二十六日解雇せられたが、昭和三十三年三月十二日岡山地方裁判所において申請人等に対する解雇の意思表示の効力を停止する旨の仮処分決定を受け、被申請会社の従業員たる仮の地位を得たので、被申請会社に対し就労を申入れたが、被申請会社は申請人等に対し本店総務部勤務を命じ役席手当を支給しない旨辞令を発し賃金は支給する故出勤に及ばないと通告しその就労を拒否していること、被申請会社が同年七月十日その職員全部に対し夏期手当としてほぼ給料一月分に相当する金員を支給したが、申請人等には支給しなかつたことを一応認めることができる。
申請人等は被申請会社の従業員として右夏期手当の請求権ありとしてその暫定的支給を命ずる仮処分を求めているのであるがまずこのような仮の地位を定める仮処分の必要性があるかどうかについて検討する。
疎明によれば申請人等が被申請会社から支払を受ける賃金によつてその生活を維持し、他に生活を維持するに足る特段の資産を有しないこと、申請人等が解雇後仮処分決定の頃までの約二月半の賃金の支給を受けず解雇言渡後は昇給もなく役席手当(毎月一人につき最高二千円最低五百円)の支給が停止せられていること申請人等の各個人的事情には若干の差があるが、一般に解雇時以前に比し生活上の困難を生じつつあることを一応認めることができる。
しかし、他面申請人等はいずれも解雇当時被申請会社の支店長または本店営業部契約課長もしくは本店検査部検査役として勤務し、いわゆる幹部社員の地位にあつたこと、申請人等は昭和三十三年三月十二日の仮処分決定後現在にいたるまで(但し申請人国定、同寺岡、同河西、同槇本については停年制の年令に達したので同年七月末日にいたるまで)被申請会社から大体において解雇当時の賃金に近い金額(毎月一人につき最高三万八千円、最低二万百円)の支給を受けていること、申請人等は昭和三十三年一月被申請会社が支払のため供託した解雇手当および退職手当(一人当り最高四十四万円、最低十四万円)を受取り、被申請会社に対し生活の必要上一時保管する旨通告していることを一応認めることができる。
ところで右のような事情の下において給料のほぼ一月分に相当する本件夏期手当を仮に支給して緊急措置をとるのでなければ申請人等の生活が続けられないというほど著しい危険にさらされているものとはいえないのであつて、申請人等の提出した疎明資料によつてもかかる仮処分の必要性の存在を疎明するに足りない。
右の次第であつて申請人等の求める本件仮処分はその必要性を欠くものというべきであつて、本件申請を却下するのを相当と認め、申請費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十三条第九十五条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 和田邦康 緒方節郎 西内辰樹)